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第24話 『 一枚の写真 』

数年前に中野坂上にある東京工芸大の文化祭に行った。色々な展示を見ながら。僕はある教室に入った。そこでは学生達が撮ったオリジナルプリントを販売しているイベントが行われていた。僕の目に止まった一枚の写真があった。どこかアジアの田舎、木が沢山茂っている。道がある。その道に村の子供達が7〜 8 人、横一列に並んで笑顔を見せていた。優しい笑顔である。粒状性がすごく細かかったので中判で撮られたものだろうか。子供達の笑顔がこの写真を撮った学生の心の内を反映している様だった。
被写体として写っているもの、それは作者の心の持ち様ととても深く関係している。
例えばポートレートを撮る時、作者の心の内は被写体に反映される。つまりポートレートは他人を写してはいるが、実は作者の心を写しているとも言えるのだ。
このアジアの田舎で撮られた子供達の写真も作者の優しい心の内が充分に反映されたものだった。写真の販売価格は 1000 円とか 2000 円といったところで、 RC の印画紙にプリントされていた。僕は迷わずこの写真を買った。この写真を撮った学生は、このままルポルタージュとか人物写真を撮り続ければ、かなりの線まで行けるだろうと僕は想像した。
後日、知り合いの学生伝い、この写真を撮った学生はN君と言って、僕が買ったことを大そう喜んでいたと聞いた。

何年か経った。今年6月、僕は西新宿のペンタックスフォーラムで個展を開いた。日本写真協会が主催で「東京の肖像」という大きなテーマが揚げられ、このテーマに僕は「MY FAVORITE FACES 」とサブタイトルをつけ、東京で撮影したスナップともポートレートともつかぬ、僕の好きな顔が写った作品を30余点を展示した。ある日、ギャラリーにN君の友人が現れ、彼は病気で治療中だから、励ましの言葉を是非書いて欲しいと僕に頼んできた。
僕はポストカードに思いついた言葉を書き、頑張って下さいと結んだ。

その何週間後、僕は自分のPC でブログ、ハービー・山口を検索したところ800件以上のブログがアップされていて、その中にN君のブログを見つけた。
「大好きな写真家ハービー・山口さんから手紙を頂いた、号泣。早く治してがんばります。」と書かれてあった。
彼のブログを読むとカンボジアを撮り続けていたそうだ。彼は快方に向かっていて、彼の好きなカンボジアにまた撮影に手掛ける日も近いものと察していた。
今朝である、彼の友人から一通のメールが届いた。彼が一昨日帰らぬ人となったことを告げていた。 29才であった。

無念であっただろう、意志半ばにして、その若い生命を落とすとは・・・。僕は数年前に購入したN君の写真に写っていたカンボジアの子供達の笑顔を思い浮かべ、その笑顔を反映されたN君の人柄に思いをはせた。そして生きている我々は、一日一日を大切に、さらに心に正直な写真を撮って行かなくてはならないと改めて思うのであった。