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「 Early Autumn 」 LONDON 1986
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第33話 『 トークライブ 2 』

 前回のノーリツ鋼機のトークショーに続いて4月もいくつかのトークショーを行なった。
 その一つが渋谷にある写真専門学校でのものだった。これはここ数年、年一回行なっていて、ほぼレギュラー化している。ところがこのトークショー、持ち時間がなんと2時間20分もあるのだ。この長時間、教壇に上って一人で喋り続けるのはかなりの体力と話題の豊富さを要求される。受講者はこの専門学校に入ってまだ3日目という新入生およそ200名だ。
 今年は断わろうと思っていたがついつい引き受けてしまった。何故断ろうと思ったか、というと昨年の印象がすごく悪かったのだ。昨年も今年と同じ位の受講者数だったが、10名程講義の間中、ずっとつまらなそうな表情をうかべ、何を喋ろうが冗談を言って笑わせようとしようが、常にうわの空という生徒がいたのである。この10名に僕は完全に足を引っ張られてしまった。僕の話がこの10名に届いていないことを、表情を見て感じるにつけ、僕は深い落胆を心に抱えざるを得なかった。恐らく専任の先生なら、「そりゃー、200名いるんだから10名や20名、いやもっと話を聴いてない生徒はいるもんですよ。そんなの気にしていたらやってられません・・・・。」と言うだろう。確かにその通りだ。写真の専門学校には、本気で写真を学ぼうという信念を持っている者も、また逆に、何にも目的もなく、たまたまこの学校に入って来たという者もいる。十人十色の生徒がいるのだから、やる気のない生徒達にいちいち足を引っ張られていたらなにも進まないのだ。
 しかし、僕にも多少の自信がある。やる気のない生徒も、やる気を起こさせる説得力と魅力が僕に多少なりとも備わっている、という自負がある。だから、やる気のない生徒の喚起を促せなかったのがすごく悔しくもあり、不愉快なのだ。そうした経緯があったにも関わらず引き受けてしまった今年度だが、今年の生徒は去年とは全く違った。200人全員の目が、2時間20分という長時間、らんらんと輝き、僕の一言一言が彼等の心の中に吸い込まれていくのを実感したのだ。あっという間の2時間20分だった。大きな教室の中の全員が一体化していた。もし時間があったら、まだまだ話を続けられただろう。
 僕はその日、夜中まで興奮してなかなか寝付けなかった。こんなことはそう滅多にあるもんじゃない。「これだから、やめられない。きっと今日の生徒は有意義な時間を過ごしただろう。」と僕は大きな満足感に充たされていた。
 後日、学校から生徒の感想文のコピーが郵送されてきた。
 「まだ身震いしています。この学校に入って3日目にしてすでに僕が学ぼうとしていた70%が今日目の前にあったと思います。」
 こうした感動を記した感想文を読むと講義を引き受けて良かったと改めて実感する。今後この様なほぼ100%満足のいく講義が出来るかどうかはわからない。この日、僕も教室にいた生徒もラッキーだというほかない。
 この何日か後、ライカフォーラムというライカジャパン社が主催したイベントで30分のトークショーをやった。この日微熱があったが30分という短い持ち時間だったので気持ちは楽だった。30分の中に多少の冗談と、僕の写真への取り組み方、想いを盛り込んだ。忙しい社会人の方向けにはこのくらいのコンパクトな時間が適当なのだろう。喋り足りない、と言う印象は全くなかった。こうしてみるとトークショーの成否は、時間の長短ではなく話し手、聴き手双方の集中力、そして息の合い方次第なのだとつくづく思う。
 出来ることなら僕も聴き手も興奮して、身震いする様なトークショーを今後も続けたいと思ってはいるのだが、相手あってのことだし特に学校では、なかなか一筋縄ではいかないものだ。