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「下校」 東京 2008
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第39話 『 人間力 』

先日、茨城の県立高校に依頼され全校生徒を対象に講義を行った。体育館に集まった生徒数は750名。さすがにこれだけの数を目の前にすると少々固くなってしまう。いつものキミマロ系の冗談は出さずに本題に入った。とは言え、いきなり本題に入る前に、生徒を惹きつける目的で何かを喋らなくてはいけない。そこで福山雅治さんとルーマニアに行った時のことや、タレントのカレンダーを撮影した時に見た彼らの素顔について少しだけ話した。
生徒はこの人の話は面白そうだ、と思ってくれないと、どんどん遠ざかってしまう。まず生徒の心をつかむことが必要なのだ。
さて、本題は「人間力」を身につける、というテーマにした。学力ではなく、人間としての魅力、尊厳、徳をこれからの時代、身につけないと生き残れないんじゃないだろうか、という話だ。
かつての時代だったら一生懸命勉強して、一流の大学に入り、一流の企業に入る。その結果安定した生活が得られる、という社会構造があった。しかし、現代ではどんな企業でも突然傾いてしまうことが起こり得る。アメリカのリーマン・ブラザーズという伝統ある一流企業が幕を降ろしてしまったのが良い例だ。
そこで、せめても「人間力」がこれからは必要になってくるのではないだろうか。ではこの「人間力」はいかにして養うのか。
以前、ドラえもんの声優を担当していた大山のぶ代さんは、毎朝家の前の道路をほうきで掃いてきれいにする時、両隣の家の前もちょこっときれいにしておくのだそうだ。これを両隣に決して語ってはいけない。人知れずきれいにしておくことを何年も続けていると、徳が身に付くとおっしゃっていたのをラジオで聞いたことがある。こうした行為も大切であるし、また、自分に正直に、同時に他人のことも思いやって真っ直ぐに生きていくことも「人間力」を高めるひとつの方法だ。
かつて僕のロンドン時代、お金と滞在ビザが切れかかった時、現地の日本人劇団に役者として参加していたことがあった。オーディションには日本人、外国人あわせて50人程が集まった。日本人は20名前後がオーディションに受かった。しかし、厳しい稽古が翌日から始まると、一日ごとに一人二人と辞めていき、たちまち半数になってしまった。楽しい筈のロンドンに来てまで怒られたくない、汗も涙も流したくないと思っている人間は日ごと消えていったのだ。僕は頑張って、なんとか舞台に立ったのである。24歳にして生まれて初めての役者としての興奮を味わった。当時この劇団はヨーロッパでは大変な人気があり、週10回の公演はほぼ千人弱の客席がいつも満杯だった。ロンドンでの2か月のロングラン、その後ヨーロッパ各地へツアーに出た。誰でも知っている高名なミュージシャン達も客席に混じっていた。僕の役はかなり肉体的にハードで、公演中、蹴りが顔面に当たり、歯を折ったり、何度か意識を本番中にも関わらず一瞬失ったことがあった。しかし、そのお蔭で幼少から病弱で肉体的にコンプレックスを持っていた僕は、自分達に向けられた観客の拍手を聞いた瞬間、そのコンプレックスを乗り越えられたのだった。出演が100回を数えた。その間、カメラを持つことを座長から禁じられていた。写真家になりたい夢を追っての渡英だったので、何のために役者になったんだと迷うこともあったが、今思えば大いに「人間力」がついたのだった。
1980年代の終わり、ドイツの映画監督、ビム・ベンダーズがアメリカの俳優、ウイリアム・ハートを連れて映画のロケで来日した。その際スティールを撮る仕事をもらった。しかし、ウイリアムが写真嫌いで数日経っても一枚も写真は撮れなかった。そこである日、僕はかつて役者をしていたことがある、と彼に話しかけた。「あなたの様なアカデミー賞をもらう様な次元ではないけれど、舞台に立っていたんです。そして今、僕は舞台の上の人を撮る仕事についています。つまり180度違う立場を経験したってことなんです。それって世の中に大切なことだと思うんです。たとえば電車の中で隣の人の靴を踏んじゃったら、踏まれた人の痛さが解るってことだと思うんです、、。」するとウイリアムはたちまち目を輝かせ、「That's the key!!」と言い放ち、その結果、「君は世界でただ一人、私をいつだって撮っていい」と言ってくれたのだった。これも二人の「人間力」である。
さらにさかのぼって僕の高校時代、2年生の時、写真部の部長に任命された。小中学校で病弱だった僕は消極的で、孤独だったから、いつも教室の隅に隠れるようにしていた。人を束ねていくなど僕の器ではもっとも不得意なことだった。やはり部長は僕には荷が重すぎた。写真部にエネルギーのすべてを使いつくし、2年の3学期の成績はクラス50人中50番だった。しかし、1年間部長を務めたお陰で僕は人を引っ張っていける、人の中心にいられる自己を育むことが出来た。3年になり安心したせいか成績は元に戻り、少しはましな人間になったと実感した。「人間力」がついたのだった。
街で人に声をかけてポートレイトを撮らせてもらう時、声をかけられた人は一瞬の間、声をかけた写真家を値踏みするものだ。この人だったら撮られても良いだろうと判断を下し、OKが出るのだ。この時やはり「人間力」が必要になってくる。
次の時代を生きるにも、良いポートレイトを撮るためにも、大勢の生徒を惹きつけるのにも、世界の平和を築くのにも、この「人間力」がどの個々にも必要だと思うのだ。
ところで、僕の目の前の講演会を聞いている750名の生徒達、体育館の床に体育座りのまま一時間半もの間、身じろぎ一つせず,熱い視線を僕に投げかけてくれていた。終了後、教室をいくつか訪問すると、皆笑顔で「こんにちは! お話おもしろかったです。」と 声をかけてくれた。きっとこの中から「人間力」を備えた素晴らしい若者が誕生するだろう。そんな彼らに僕は一生懸命ライカを向けていた。