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第40話 『 番組出演 』

BS-JAPANで放映されている、キャノン・プレミアム・アーカイブス〜写真家たちの日本紀行という番組がある。現在活躍する写真家が2週にわたり、こだわりの場所へ行き、作品を残す撮影風景がインタビューをまじえ、美しい映像とその時撮影されたスティール写真が挿入される構成となっている。女優やタレントにカメラを持たせ、名所を歩く番組は観たことがあるが、現役の写真家が毎回主役となって登場する番組は貴重だ。
 キャノンから番組の出演を依頼されたのは真夏の7月のことだった。以来強い意識を持ってこの番組を観始めた。大抵が地方を周っていた。  この番組に僕が期待したのは、第1に、写真家がどの様に被写体を探し、どうアプローチして写真的に料理しているのか。第2に、どの様な思想が写真家の内面に潜んでいるのか。第3に挿入される写真の出来栄えだ。
 今となっては不可能ではあるが、個人的には世界最大の写真家の一人である、アンリ・カルティエ=ブレッソンが作品を撮影する時、どの様な努力をしているのかを見てみたい。彼のコンタクトプリントは門外不出だから、作品の前後にどんなカットが何枚位撮影され作品にたどり着いたのか知る術はないが、知りたい気持ちは極めて旺盛だ。あの決定的瞬間といわれる完璧な構成は、写真に登場する人物が完璧な位置に移動するまで、じっと待っているのだろうか、うろうろするのだろうか。それとも一回のシャッターで決めてしまうのだろうか。また、彼に失敗作というのはあるのだろうか。何枚に一枚、何十枚に一枚が彼の作品として発表されているのだろうか。撮る時に何を考えて被写体に向き合うのだろうか、、。何冊かの書籍を読み、DVD,そしてNHKのインタビュー番組を観たが、写真家として最盛期を迎えた頃の生の声と撮影時の映像で彼の撮影の実態を知ることが出来たらどんなに励みや参考になるだろう。
 果たして、BS-JAPANの番組はそうした興味を満たしてくれるだろうか。結論を言えば、ある写真家の場合は「さすがだなー」と思わせてくれたし、また、ある写真家の場合は不満が残った。
 満足した放送は写真家の内面や狙いが明瞭に出ている。不満足な場合はただ田舎を歩いてテレビの制作会社があらかじめ仕込んでおいた状況に入りこんで少しの会話を交わし、記念写真を撮る。結局何のためにその場所に行き、何のために撮るのかが不明瞭のままなのだ。これでは写真家の思想の無さを吐露させるだけだ。
 そして写真の挿入。これは極端に言えば、同時に同じ現場を撮影しているムービーカメラマンとの腕比べだ。画面に大写しになるハイビジョン映像に、静止画としての特性を生かした一枚の写真が勝たねばならない。でないと将来はすべて動画で撮影し、ピークが写ったコマを静止画として使えば良いことになってしまう。写真家はそんなだらしないことは許せないのだ。一枚を撮影するには、きちんとした思想が支えとなり、なぜこの瞬間を選んだのかをみせるのが写真家というものだ。
 とある週こんな放送があった。「ほら、このおじいちゃんの顔のしわ、とてもいいね!」。写真家はシャッターを切る。ムービーカメラマンはおじいちゃんのアップに迫る。次に写真が挿入される。ところが写真はおじいちゃんの全身を撮ったもので、しわの一本も写っていないのだ。ちょっと残念に思った。
 僕はロケ地に下北沢と谷中、根津、千駄木を選んだ。いままでの放送で都会を取り上げた放送はなかったし、かつてから都会を写すことに興味があったからだ。僕のスタイルはスナップ・ポートレイトとでもいうべき、街の人に声をかけ、正面から撮る方法だ。その方法でポジティブな人々の表情や、その人の人生の一面を撮って、写真を観た人のこころになにかしらの解放を与え、社会や人々を安らかに平和にすることが今の僕の写真の目的だ。
 ロケ中は僕の飾らぬ素を見せることが番組のドキュメンタリーという性格上必要なのだ。そこで僕はいつも通りに人々に声をかけてみた。だが番組として成立するかが心配であり、良い写真を撮らなくてはならないかなりのプレッシャーがあった。「あの、私、とある有名写真家なんですけど、写真を一枚撮らせていただけますか?」 この冗談混じりの言葉が功を奏してくれた。ほとんどの人が笑顔で「どうぞ」、と返事を返してくれたのだ。ここらへんまでが想定内だ。もし、撮影を受け入れてくれない返事ばかりだったら悲惨な番組になってしまっただろう。スタッフが驚いて僕に聞いた。「なんでこんなに可愛い娘や素敵な人たちが次から次へと現れるんですか?」 僕は冗談で答えた。「昨夜知り合いに電話かけまくってね、このあたりをうろうろしてもらうように頼んであるんです。全員仕込みですよ!」
   オンエアーが済んだ数日後、こんな番組についてのブログを見つけた。「ハービーさんが声をかけると、どんどん人の表情が良くなっていくんですね。まるで魔法を見てるみたいでした。」
 コツは誠実さと笑顔だ。しかし、相手はそれぞれの都合のある人間だ。強運と人々の広いこころがあったお陰で成立した番組だった。
 諸先輩の写真家に交えていただき、僕の出演番組を作って下さったスポンサーに感謝しなければならない。そして、番組を観た人たちの何人かでもが、励まされ、参考にしてくれたらと願うばかりだった。