職人(アルティザン)の仕事〜カメラ用ボディケースの制作現場
創業から50年余。その歴史が技術の高さを物語る
昔から皮革製造業が多く集まる東京・城北エリア。その住宅街の一角に、カメラ用ボディケースを作る製作所があります。創業は昭和30年。近年、皮革製造がコストの安い海外へ流出し、煽りを受けた多くの工場が姿を消していく中、確かな技術力をもとに、50年以上も堅実に仕事を続けている数少ない製作所です。
製作所とはいえ、そこは住居を兼ねた3階建ての瀟洒な建物。その2階部分がメインの作業場となっています。およそ20平米ほどの広さに、5台のミシン、作業台、大きなプレス機械などが所狭しと並び、そこで、先代と、先代から引き継いだ二代目とを中心に、4人の職人が作業しています。

昔ながらの手法、長年愛用の道具で、丁寧に手際よく
ダルマプレス
ダルマプレス

ダルマプレス。型の上に革をのせ、テコの力で1枚ずつ裁断する。機械自体500kgほどの重量があるので、分解しないと移動ができない。

カメラケースの製作工程には、裁断、コバ漉き、 ねん押し、縫製、底の返しと底縫い、磨き・コバ塗り、金具付けという段階がありますが、ここではこれらすべてを手作業で行っています。
「手作業の良さは、細かいところまで心を込めて作れるところ。そうすることで機械にはない温かみが出てきます。手間はかかりますが、手間を かけるから良いものが出来るんです」
と語る二代目。そのこだわりの精神は、使用する機械にもあらわれています。裁断に使うのは、その形状から“ダルマプレス”と呼ばれるプレス機。昭和28年頃に製造されたもので、現在この機械を使用する工場はほとんどないそうですが、高さをミリ単位で調節できるうえ、手元がよく見えるので、使い勝手が非常に良いのだとか。この長年使い慣れた機械で、1枚1枚丁寧に型抜きしていくのです。

ドーリーミシン

ドーリーミシン。底縫い用として使うため、ミシン屋に機械の調整を頼んだが、扱える人が少なくてかなりの時間を要したという。

さらに、ケースの底を縫う際に使うミシンも、現在では入手困難な貴重なものです。このミシンは、“ドーリーミシン”と呼ばれる、50年ほど前のドイツ製。もともとは製帽用だったのを底縫い用に改造したもので、なんと針が下から出てきて、縫うと表は糸が1本に、裏は2本になるという特殊なミシン。鋳物で出来ていて、オブジェとして置いておいても美しい、もはや骨董品といえるものです。
妥協はしない。だから細部の素材にまでこだわる
こだわりは機械だけにとどまりません。使用する素材にもあらわれています。革のへりにニスを塗るコバ塗りという工程では、ニスをきれいに塗るために、革の断面を磨く作業を行います。その際、目止め液という化学薬品を使って磨くのが通常ですが、ここでは天然の“ふのり”を使っています。“ふのり”は漢字で“布海苔”と書き、文字通り自然の海草が原料。洗髪にも使用できる人体に安全なものです。このふのりを水で煮て、ちょうどよい加減にするのにも職人の長年の勘が必要です。
「革も自然のものですから、できるだけ天然自然のもので作りたいんです」
と語る二代目。そのこだわりから、妥協を許さない、物作りへの真摯な愛情が感じられました。
ふのり

ふのり。昔は一般家庭でも浴衣の洗い張りなど に使われていたが、最近は入手するのも難しくなっているのだそう。

 
カメラボディケースの制作行程
裁断裁断
裁断
左の写真上は、イタリア製の表革に、強度を高めるためのボール紙を貼り、粗裁ちしたもの。これに、裏になる豚革スエードを貼り合わせ、ダルマプレスで型抜きしたのが左の写真下。窓を開けた部分は強度が落ちるためボール紙を二重にしてあるが、まるで1枚の革かと思えるほど、しっくりしっかり貼り合わせてある。

コバ漉きコバ漉き
底に返す部分や合わせ目となる部分の革の厚みを薄く削りとる作業。他の部分と厚みが同じになるように、半分くらいの厚さにする。“コバ”とは、革のへりのこと。

裁断
ケースの角にアールをつけるため、革に筋をつける作業。型紙をのせてダルマプレスでプレスする。力を入れすぎると革が切れてしまうので、微妙な力加減が必要。この手間のおかげで、ケースの角に美しい丸みが生まれ、持ったとき手にしっくり馴染むようになる。

縫製縫製
革の性質によって使用するミシンもその都度変える。イタリア革は柔らかいので、押さえ金の跡がつかないように上下送りミシンを使用。縫い目には、コンピューターミシンにはない温かい味が出る。



底の返し・仮留め底の返し・仮留め
縫製したケースを木型にはめ込み、底に返す部分をヘラを使ってしっかりクセ付け。その後、底面をボンドでしっかりと仮留めする。使用するボンドも長年探して見つけたこだわりのもの。強度が非常に高く、臭いがないのが特長。


底縫い
ボンドで仮留めをした上から、ドーリーミシンを使って底縫いする。強度の高いボンドで貼った上に、さらにしっかり縫うので、底がめくれたりはがれたりすることがない。縫い目が均一になるように、また縫い終わりがきれいになるように、1針1針ゆっくり丁寧に縫っていく。


磨き・コバ塗り磨き・コバ塗り
革の断面の繊維が毛羽立っているとニスがきれいにのらないので、天然のふのりで、ツルツルになるまで丁寧に磨き上げる。その後、断面にニスを塗って仕上げる。そうすることで、 革の断面がより美しく仕上がり、耐久性もアップする。

金具付け金具付け
取っ手がネコの手のようになっていることから“ネコプレス”と呼ばれるハンドプレスを使用して、スナップを1つ1つつけていく。その後、スナップを留めた裏の部分を隠すために、豚革スエードを丸く型抜きして貼り付ける。

完成品。手作業による美しいアールと、温かみのあるフォルムが持ち味。使い込むほどに革が馴染み、しなやかな風合いが出てくる。長く使うほど物の真価が発揮される。

完成


●職人(アルティザン)の手によって一つ一つ丁寧につくられたカメラボディケース

カメラケース