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第26話 『 六本木の意外 』

六本木でステレオというクラブを運営している、イギリス人の知人、ジョンから電話がきた。「来月、ステレオでフォト・ナイトというイベントを開くので、壁にプリントを何枚か展示してくれないか・・・。」 フォト・ナイトとは何だろうという素朴な疑問があったが僕は「いいよ。」と言って電話を切った。彼は普段、日本にいる外国人向けに、ジュースという英語版情報誌を発行している。イベント当日、僕は1200ミリX900ミリという大型プリントを10数枚持参してクラブに向かった。プリントはラミネート加工が施されているので、丸めて保管、持ち運びが出来、ガムテープで簡単に壁に貼れる便利のものだ。1時間ぐらいかかって主な壁面にプリントを貼り終えた。場所は思いのほか広いスペースだった。たぶん、これから人がどんどん入ってきて、DJが大音量で音楽をならし、客は酔っ払って大声でがなったり、笑ったり踊ったりと大騒ぎが始まるのだろうと、クラブのあり様が容易に想像出来た。
ジョンに訊くとフォト・ナイトは今夜一夜限りのイベントで、他に「アート・ナイト」「ストリートファッション・ナイト」「ゲーマー・ナイト」「ヨガ・ナイト」「DJ・ナイト」「エコ・ナイト」「NPO・ナイト」等々、実に様々なテーマで括ったイベントを常に開いているのだそうだ。

7時を回ったころ、客がポツリポツリと入ってきた。広いスペースだけに閑散としている。しばらくしてジョンが、「フォト・ナイト」に来て下さった方、こちらのテーブルにどうぞ。」と声をかけた。15〜6人が席に着いた。ほとんどが若い外国人だった。ジョンが司会者として中央に座り英語で話し始めた。「さあ、今日は写真について語る一夜です。皆さんの日本での写真家としての活動がより活発になり、充実するよう、作品を見せ合い、情報をいろいろ出し合いたいと思います。そして、今夜のメインゲストであるハービー・山口さんが、作品をこの空間に展示して下さっています。後ほど彼からのスピーチをたっぷりと伺います。大いに参考になると思います・・・。」この場の公用語は英語らしい。僕は少し動揺した。「おいおい、そんなことになってんのかい・・・。」どうやらこのイベントは僕の想像とはまるで逆で大そう真面目な人達が集まるとてもユニークなイベントらしい。
すぐに僕のスピーチの番がやってきて、ジョンからマイクを渡された。こういう時、あがらず慌てず、実に上手いアドリブを効かせることが出来る僕である。落ち着き払った口調で喋り始めた。写真を始めた中学生の頃、そしてロンドンでの日々、さらに日本で思うこと、今までの個展のテーマ、そして人間が一番美しいと信じ、世界の平和をいつも願って撮影していることで話を締めくくった。驚いたことにこの日集まった人達は実に熱心に僕の話に耳を傾けてくれた。ずっとメモをとっているアメリカ人の女性。途中で何度か質問を挟んできたアフリカからの男性。ウンウンとしきりにうなずいていたイギリスと日本とのハーフの男性。特に彼らから笑いと歓声が上がったのはイギリス時代の話だった。ブライトンという街で僕がゲイの人達に人気で毎日追っかけられていたこと。そして、無名時代のボーイ・ジョージと同居していたこと。ダイアナ妃の結婚前の写真を撮った時のこと。こうした話題に驚きとも尊敬ともいえる反応を彼らは正直に僕に見せてくれた。その後、写真を売買する会社を経営している方が会社概要を説明したり、また写真家の一人は自分の作品をプロジェクターで壁に投影してプレゼンし、またギャラリーのオーナーが加わってそれぞれの作品を観て個展の可能性やこれからの方向を示唆した。そうした後、DJタイムが始まり、ドリンク片手にリラックスタイムがあった。

僕にとって一番嬉しかったのは、やはり全員が僕の話を熱心に聞いてくれたことと、写真活動をするために日本に在住している外国人が沢山いて、その彼らがとてもシリアスということだった。彼らは皆、母国より日本で生活するのが楽しい様子だ。隣の芝生が良く見えたり、外国人という利点があるのだろうが、イギリス人の一人が、格式ばったロンドンの空気より、自由でリラックス出来る日本がより好きだと言ったら何人もが同意していた。日本人が日本人を見る視点と、外国人が日本人を見る視点は明らかに差がある。日本人が外国人の視点で日本人を見ることが出来たら、つまり日本人が日本人の良さを認識し合えたら、社会の人間関係は豹変するだろう。自分と赤の他人との間に高い壁を作ってしまう国民性を我々日本人がもし、克服出来たらどんなにか素晴らしい社会になるだろう。日本で暮らす人々が社会人としてのさらなる節度を持ち、尊厳を認め合えたらこの国にはもっと平和な空気が流れる筈だ。

この夜、久しぶりに海外の風を感じて改めて思うことがあった。それは、言語、民族、国境、地位というバリアを払拭した空間には、とても平和でクリエイティブかつポジティブな、さらには人類として共感し合える心が存在し得るということだ。フォト・ナイトは良い意味で僕の想像をことごとく裏切った。その結果、日本、そして人類はもっと素敵になれる、そんな確信を抱けた力強い一夜だった。僕はジョンをすごく見直した。