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第03話 『 写友 』

ロンドンに住んでいた時代、僕の住んでいたテムズ河畔にある倉庫によく遊びに来ていた有名な写真家がいた。チェコ出身でマグナムの会員のジョゼフ・クーデルカだ。丸いメガネをかけ、いつもカーキ色の軍用のジャケットを着ていた。ヨーロッパのジプシーを撮った作品や、ソ連がプラハに進攻したときに撮られた作品が当時有名だった。彼の人生も振り返れば、母国のチェコのパスポートを捨て、フランスに渡った。そこでブレッソンに認められてマグナムの会員となり、ヨーロッパ各地を自らがジプシーの様に旅しながら名作をものにしていた。彼のおきまりは胸に2台のライカをいつもぶら下げていることだった。時に M3、時にM4、ブラックペイントが剥げるのもお構い無しにガチャガチャとぶつけては目の前のものを撮っていた。

ある晩、彼に僕の撮ったモノクロのプリントを何十枚も見せた事があった。彼が、「これすごく良いと思うよ。」という写真が何枚かあってそれが後に大きな自信となった。こんな質問もぶつけてみた。「写真家になったことを後悔する様なことはないのか、いつも1人で旅していて寂しくないのか……」彼は寂しさについては、両手を拡げ首を傾けるしぐさをして肯定も否定もしなかったが、後悔についての質問には「一度決めた事だから絶対に後悔なんてしていない。」と力強く答えてくれた。当時、まだ一人前の写真家じゃなかった僕は、彼の言動をみて、写真家になる夢をさらに拡げていった。「ここからカメラを構えるとね、50ミリならどこからどこまで、35ミリだとどこまでが画角に入るか正確にわかるんだよ…」そんな彼との話が嬉しくも楽しかった。そして彼がたまに訪ねて来てくれて、僕の部屋に泊まっていくことを誇らしく思った。

あれから25年以上が過ぎた。10年も前だろうか、パリで大規模な彼の個展を見た。そして折に付け彼の新作を見るたびに、きっと今もどこかの家を泊まり歩いて作品をと撮っているんだろうなと勝手に想像している。
写真家は撮りたいものを撮りたいように撮り続けなくてはいけない。それが人生を後悔しない唯一の方策であり、そんな人生を誇り思いたい。ふと僕が長い道のりの途中、迷って立ち止まった時、決まって思い出すのはジョセフの丸いメガネの奥に光る優しい眼差しと力強い言葉のいくつかなのだ。