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ハービー山口「 PEACE 」
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第21話 『 PEACE 』

数年前、「 PEACE 」という若者の笑顔ばかりを集めた写真展を開いた。笑顔を撮りたい、と思ったのには確固たる理由があった。もう10年以上も前の事、兼高かおるさんという方にお会いした。彼女はかつて「兼高かおる世界の旅」という番組をなさっていて、世界何十カ国を旅し、未知の国々の文化や風習をお茶の間に届けてくれていた方だ。1ドルがまだ360円の頃、日本人が今の様に格安チケットを握って海を気軽に渉れる以前の話である。この番組は30年続いた。兼高さんにお会いしたのは最終回が終わって何年かした頃だった。僕は彼女に質問をした。

「30年間で世界の何が一番変わりましたか?」その質問にしばらく考えた後、彼女はこう言った。「世界から笑顔が少なくなった気がします … 。」その時僕は笑顔を撮ることをテーマとしてみようと思った。最初は上手くいかなかった。突然若者に声をかけても笑顔まで見せてくれなかった。怪しいおじさんをいぶかしげに見ている視線だった。そのうち徐々に話術が身についてくると若者の心の中に入り込み笑顔を引き出せる様になってきた。2〜3年かかったが何十人もの若者の笑顔がなんとか撮れた。

そんな中で GLAY という人気ロックバンドのジローさんを雑誌で撮影した。撮影後「笑顔を撮り集めているんですけれど、今度すっぴんでリラックスしたプライベートなところを撮らせていただけませんか?」と尋ねてみた。彼とマネージャーさんは快諾してくれた。1ヶ月後、そのチャンスは巡ってきた。渋谷の街で彼に会い、ポートレートを撮らせてもらった。「 PEACE 」の写真展にこの時のジローさんの笑顔のポートレートも飾らせていただいた。「写真チェックは要りませんから、ハービーさんの一番良いと思ったものを展示して下さい。」彼等は終始協力的だった。
なんと大きな信頼を彼等は僕に寄せてくれているのだろう。
普通、バンドのチェックは厳しいものだ。 100枚撮っても、ミュージシャンや事務所がノーと言えば、一枚すら発表することは出来ない。それ程までにミュージシャン達は自分のイメージを大切に守り続けている。それを、どこカットを展示するのかの判断を僕に任せてくれているのだ。ほぼ例外と言っても良いだろう。僕に対する信頼に驚きを越え、ただひたすら感謝した。おまけに、彼等のラジオ番組で写真展のことを話してくれた。放送日の翌日からギャラリーは全国からのGLAYファンで大賑わいだった。

 ある日、夜7時の閉館時間が過ぎた頃、カウンターで働いている秋山さんという女性の片づけを手伝い、電気を消し、帰ろうとした。ビルの外に出ると高校生位の女の子が数人肩を抱き合い、何かにすがる様に泣いている姿があった。僕は総てを一瞬で把握した。恐らく地方からジローさんの写真を見にわざわざ来たらもう閉館時間を過ぎていた。僕は彼女達に事情を尋ねた。僕の想像は的中した。大阪からバスでやってきて、このギャラリーに着くまで迷いに迷い、やっと見つけたら閉館していた、ということだった。帰りのバスはあと2時間後に出発してしまう。お小遣いの大半をバスの運賃に当てた。「さあ皆んな、もう一回ギャラリー開けるから。」すると彼女達は泣くのをやめ信じられないという顔をした。ギャラリーのある3階まで階段をかけ上り、まだ帰らないでいた秋山さんに頼んで照明を再びつけてもらった。そして彼女達をジローさんの写真の前に誘導した。「これさ!」彼女達は、今まで決して見た事のなかったスッピンで、こちらを向いて笑っているジローさんの写真の前に立ち尽くした。「さあ、ケータイを一人一人渡してごらん。ジローさんの写真と一緒に記念写真を撮ってあげるから。」そして僕は撮影にまつわるジローさん達の親切を彼女達に話した。
彼女達はハンカチを目にあて、今度は嬉し泣きの声を上げた。30分後、彼女達は満足そうに帰っていった。その後姿はとても純粋だった。多分彼女達は GLAY のことで頭は一杯で、誰が撮ったか、ということまでの意識がなかったかも知れない。しかし、話のわかる大人が世の中にいた、という認識はとても貴重だったと思う。きっと彼女達は良い人間に成長していくだろう。

音楽の写真を撮っていると、関わるのは僕より何十年も若い10代、20代の若者が大半だ。その中で僕は良い大人でありたいと願っている。写真家であるのと同時に、立派な人間として存在する事はとても大切な事だと思う。
  「 PEACE 」と名付けた写真展でPEACEに振る舞うことが出来た。なんとも素敵な構図ではないか。

5月18日(金)から 5月31日(木) 新宿センタービル ペンタックスフォーラムでのハービー・山口写真展“ my favorite faces ”にジローさんの写真を1点展示しています。 お近くにお越しの際は、是非お立ち寄り下さい。