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第29話 『 平和な行為 』

東急蒲田駅から多摩川駅までの路線を東急多摩川線と呼んでいる。7つの駅、所要時間10分のこの路線をアートで飾るというプロジェクトが2007年に始まった。このプロジェクトの名称は多摩川アートラインプロジェクト。この路線は東京大田区にあり、大田区で生まれ育った僕はそのよしみから、写真家としてこのプロジェクトに参加することになった。僕の他に15組ものアーティストがこのプロジェクトに参加している。ある人は鵜の木駅の駅名プレートを残して駅舎の全てを絵で覆ったり、ある人は車輌に飾りをつけ、またある人はホームに洒落たベンチを置いた。またある人は多摩川駅の階段を虹色の照明でライトアップした。その他にも気がつけば所々にアートが、まるで宝探しの様に潜んでいる。僕は下丸子駅のホームに巨大なフレームを設置してもらい、この路線の近隣で撮った人々のポートレートを展示している。下丸子駅は僕にとって思い入れのある懐かしい駅だ。というのは僕が幼少の頃、祖父母がこの駅の近くに住んでいて、たびたび家族でこの駅で降りた。駅から祖父母の家までの道のりを、母や兄と一緒に、お土産を片手に下げ、おぼつかない足取りで歩く僕の姿が、父の撮った8ミリのフィルムに残されている。また大学生の時は、やはり近くにあるキャノンの本社に、カメラを修理に出しに行った。

 この駅のホームでの写真展示は3か月に一度のペースで新しい写真に差し替えている。これまでに、この街の商店街の魚屋さん、地元のチアリーダー達、そして都立蒲田高校の校内で撮った高校生達のポートレートを展示した。みんな気持ち良く撮影に協力してくれた。今後、大田区の小さな工場で働く職人さんや、神社の宮司、おじいちゃん、おばあちゃんと孫とか、いろいろと撮ってみたい構想があって、イベントの実行委員会を通し交渉してもらっている。このプロジェクトは2007年に始まったが、08年、09年と3年続く予定だ。先日はジャズコンサートや、僕のトークショーもやった。このトークショーには地元の方々を始め、3時間もかかる遠方から駆けつけてくれた方々も参加してくれた。

 これは地元の人々と協力し合う実に興味深いプロジェクトだ。アーティストの非凡なアイディアを地元の人々の生活の中に提案することで、乾いた現代に必要な、楽しく洒落た意義あるプロジェクトだと思う。数年前、群馬県の前橋と高崎の両市の共同イベントとして、僕が前橋、高崎の街を撮る、という仕事を依頼された事があった。写真集にまとめられる程、沢山の良い写真が撮れた。高崎の有名私立女子高の中を自由に歩き回っての撮影もした。市のバックアップがあってこそ実現した撮影だった。この多摩川アートラインも地域の企業や人々が徐々にアーティストの作品を受け入れつつある。今後僕の撮影も普段個人の要請だけでは撮れないものも撮れるかもしれない。本来写真家とかアーティストの仕事というのは孤独なものであるが、地域が協力してくれることによって孤独感が連帯感に変貌するのである。なんという力強さだろう。さて、先の高崎の女子高の撮影の際、たまたま3年生の教室に入った。夕陽が差し込み赤く染まった美しく切ない教室には、卒業を間近に控えた3年生の生徒さんが10数名いた。数年後、この中の一人と偶然再会した。彼女は大学卒業後、フジフィルムに入社し仕事に就いていた。「ハービーさんに高校生の時、写真撮ってもらったでしょ!それがきっかけで写真関係の会社に就職したいと思ったの・・・。」 元来、撮影という行為は平和なもので、被写体になってくれた人々の人生さえ、場合によっては少し変えてしまうこともある。そんな素敵な影響力を持ち得るものなのだ。再びポジティブな出会いがこの大田区の街でもあるといいな、と僕は密かに願っている。

協力
NPO法人ピボットフット チアリーダーズ