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第68話 『それぞれの出発』

震災後の自粛で、街の明かりは消え、一時はおもてを歩いても人通りがまばらであったが、やっと4月に入り、中止になったり延期されていたイベントが復活してきた。
震災の被害に遭ってもお元気な方々は仕事を探しに、ハローワークに出向いているそうだ。上手く仕事が見つかり、あらたな一歩を踏み出す方々が徐々に増えると良いと願うばかりである。

僕は、先日、自分のホームページで、キャビネサイズの手焼きのオリジナルプリントを100枚限定で販売する告知を出した。一枚5000円で販売し全額を寄付という条件だ。午前中にホームページで告知したところ、19:00時頃には100名に達し、応募を打ち切らせて頂いた。
皆様の温かい心が伝わってくる様で、凄く嬉しさを感じたのであった。
中には、「100名の中に入らなくても、お金だけお振込致します。」または、「5000円ということですが、10000円を振り込ませて頂きます」といったメッセージが添えられているものもあった。
街を歩けば、消しても構わない電灯は全て消され、昨日、汐留の電通本社から帰宅する時に見た、見慣れている筈の夜の東京の風景は、「えっ、ここどこの交差点だっけ?」と迷う程に変化している。自主節電のたまものであるが、ここまで無言で人々が行動していることが、にわかに信じられなかった。
人間って、近年はもっと勝手気ままに、ともすれば、自分のことしか考えずに生きていたんじゃなかったっけ?と思うと、この自主的行動は素晴らしいと感じざるを得なかった。だが、自粛が過ぎると、経済が回らず、ますます不況になると言われている。沈む気持ちは国民全体の共通の感情だが、元気なところを見せるのも被災地の方々を勇気付ける一環なのだ。

もう3週間も前になるが、一人のセクシータレントから連絡があった。「お友達と3人で、私たちが出来る事を考えたんですけど、写真を撮って、電子書籍にして、利益を全額寄付出来ないかと、、。それでハービーさんに撮って頂けたら凄く嬉しいんですけど。」

勿論僕は、ノーギャラで撮影する事に同意した。彼女たちが、今自分たちが出来る事を真剣に考えての行動である。僕が役に立つなら断る理由は全くなかった。
ある日の代官山の街かど、柔らかな3月のごごの光が僕たち、そして洒落た建物を照らしていた。
あるショットは一人一人、あるショットは3人の集合で写した。逆光の光に浮かび上がった彼女たちの姿態や、明るい表情は、代官山の雰囲気に溶け込んで、とても素敵だった。手前に植え込みの緑の葉を画面の前景としてボカして使い、晴れ晴れとした彼女たちの瞳にフォーカスを合わせると、そこには3人の人格を感じさせる素晴らしいポートレイトが浮かび上がったのである。
街行く人は、豊満な体を薄く透け見えそうな衣装に包んで、カメラの前で笑顔でポーズするこの3人や、カメラを覗く僕を見て、「このご時世に、なんと不謹慎な!」と思ったかも知れないが、内実は、実にまじめに寄付金を募ることをしていたのである。

彼女たちは撮影の間中、「こんなことして、ハービーさんのキャリアに傷がつきませんか?」とずっと心配していた。
「傷はつかないさ』というと涙を流して何度もお礼を言われた。とても気配りの出来る人たちであった。

この事をtwitterに書くと、100件近いリツイートがあり、僕にダイレクトメッセージで、「ハービーさんも彼女たちの心意気もすごくかっこ良いです。美談ですね。」という温かく理解して下さった声が多数寄せられた。
僕が、こうしてtwitterに書いたり、ゲストに呼ばれたラジオ番組で彼女たちとの事を発言すると、彼女たちは必ずどこからか僕の発言を聞いて、その都度、御礼のメールが僕に届けられるのだ。とても律儀で礼儀正しい彼女たちである。

4月2日は、最新刊エッセイ集「雲の上はいつも青空」の出版記念という理由で、青山ブックセンターで、そして、4月3日、箱根彫刻の森美術館での個展の最終日には、3月に開催する筈だったトークショーを行った。
箱根に関しては、震災前は週末は一日5000人の入場者を保っていたが、震災後の訪問者は激減した。平常時は特に多い外国人がすっかり消えてしまった。それでも3月下旬には週末は、日本人が一日1000人ほど来館するまでに復活した。

「何人集まって下さるか、まったく読めませんが、トークショーを開催出来たら、、。」という主催者の言葉に促され、僕は会場に向かった。
午後一時、存じ上げているお顔が何人もいる中で無事トークショーが始まり、途中偶然居合わせ、足を止めて会場にとどまって下さる方も多く、120名程の方々が僕を囲んで下さった。
2カ所での開催だったが、「参加しようか迷いましたが、こういう時こそお話を聞き、お陰さまで元気になりました」という声が聞かれほっとした。

箱根でのことである。
トークショーが終わった後、サイン会の最中、列に並んだ男の子と父親の二人に声をかけた。「サイン会が終わったら写真を撮らせて頂けませんか?」
小学生位の男の子がとても印象に残ったからだ。
お父さんはとても喜んでくれた。

だが、サイン会が終わり周囲を見回して彼らを探したが、彼らの姿は見つからなかった。
その日の夜、僕のホームページ経由で一通のメールが届いた。

「今日、ハービーさんのトークショーに家族で伺った者です。私の息子と主人の写真を撮って頂ける筈でした。しかし、その事情を知らない私は、息子を連れて子供の広場に移動してしまいました。主人から、私の携帯に10回もの着信履歴が残っていました。それに気付かなかった私はとても悔やんでいます。折角ハービーさんに撮って頂ける機会だったのに、主人は本当に悔しかったと思います。その後、落ち込む私を、主人は責めませんでした。それどころか、私の頬にキスをしてくれました。主人の優しさを感じながらも、一人気持ちのおさまりがつかないまま、メールを打っています。」

僕はすぐに返信した。

「ご主人の暖かなキスと優しさが最高のプレゼントだったじゃないですか!東京にいらっしゃる折りにはご連絡頂ければ、撮影させていただきます。」

また、会場に珍しく外国人の家族がいたのでお声をかけさせて頂いた。母国の親戚は帰国しろと言ってくるのですが、私たちは日本にいたいと思っています。
その彼らの家族写真を撮った。お嬢ちゃん二人は小学生だろうか。凛とした顔つき、そして濁りの無い笑顔が僕の心を打った。
数日後、この写真をお送りしたらご主人からメールが入った。英語で書かれてあった。

「最近、私の不徳の致すことで、ワイフに悲しい思いをさせてしまいました。もう一度人生をやり直すつもりで、今日家族で箱根まで来ました。遠いこの国であなたが撮って下さった写真が、何か、私の家族の将来を応援して下さっている様に思います。」

この地平には様々な人生がある。不慮の事態に翻弄される人生もあれば、また、弱い我々という人間は様々な過ちを犯してしまう。誰にでも起こり得ることだ。

だが、誰も恨むまい、自らを責める事もしまい。そして人を許すこともまた、人間の勇気なのである。今から、明日のため出来ることを精一杯実行していけば、それは恥じることのない人間ではないだろうか。
不幸にして、戦争や天災、人災で命を落とした何百万という人々の犠牲の傍ら、我々は奇跡的に命を与えられていることを謙虚に自覚したいと思うのである。