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第61話 『タイトル』

作品発表の段階でほぼ最後に控えているのが、タイトルを付ける作業だ。この作品に込めた「想い」をタイトルで表す的確な言葉が見つかった時はすごく嬉しい。自分の子供に良い名前を付けてあげた時のような気持ちといったら良いのだろうか。

しかし、このタイトルの付け方はアーティストによってだいぶ違うようだ。ある音楽家は、曲が完成し、その後発表の段階になって、ふとした思いつきでタイトルを決定することがあるそうだし、彫刻や絵画に付けられたタイトルも、必ずしも作品の内容とかテーマを代弁するものでもないらしい。
例えば、笑みをたたえる婦人が刻まれた彫刻に、「微笑み」と付ければ理解しやすいが、あまりにも短絡過ぎて面白みがない。もう一ひねりしようと思うわけだ。そこで、「休日」とか「日曜日の朝」というタイトルにすると少しクッションがありつつ、作品の内容から外れないで済んでいる。
しかし、この彫刻の作者はさらにシュールな感覚を研ぎ「ポーランドの夕凪」と題すると、途端に、見る側に想像を強いることとなり、世界観が違ってくる。
それでも飽き足らず、「本棚に飾った花瓶」とつけるともう、見る側は混乱である。実際の作品を前に、かけ離れたタイトルを見て混乱する観客を見て、遊び心溢れる現代美術作家は、してやったりと思っているのかも知れない。

僕にはそこまでの遊びごころはないから、僕の写真集のタイトルはかなりストレートだ。
1985年、僕の処女写真集が流行通信社から出版された。この本の編集の段階で、写真のプリントに追われる中で一生懸命タイトルについて考えていた。そんな時、フランスの作曲家、フォーレの「夢のあとに」というチェロの名曲を聴いた。その寂しげな曲想が、僕の10年のロンドンでの心境とまさにぴったりだったので、単純に英訳して、「LONDON AFTER THE DREAM」と決定した。

そして、その本の中に、子供を写した写真で構成された章があるのだが、「僕の靴ひもを踏まないで」、というタイトルを付けた。
このフレーズは、1980年前後、寺山修司さん率いる劇団「天井桟敷」がパリ公演をした時、僕はロンドンからパリに行き、撮影をさせて頂いたのだが、ある日、寺山さんとパリの小さな本屋に入り、そこに「UFO」という日本人向けの冊子が置いてあり、その中に「僕の靴ひもを踏まないで」という確か、映画の解説が載っていた。僕は寺山さんに、「これ良いタイトルですね、、。」と言って見せ、寺山さんも「そうだね!」と同意してくれた。
以来、このフレーズをいつか機会があったら使いたいと持っていた。大人が子供の靴ひもを踏んでしまうと、子供は自由な世界を奪われてしまう。子供は自由なこころを持つべきだ、という願いが込められている。

そして、写真集の第2章、若者の写真を集めたところには「CLIMB」と付けた。登るという意味だ。ロンドンで僕の身近にいた若者が、才能に恵まれ、努力を重ね、一流のアーティストとなって世界へと飛び立って行くのを何人も見てきた。人生を登るという意味で付けたタイトルだった。
この写真集には返信用の読者カードが付いていて、感想を書く欄があるのだが、このカードが出版社にたまに届くのが楽しみだった。100通近いカードに僕は目を通した。その中の一枚、送り手は17歳の女子高校生。感想の欄に「ずっと探していた」と一行だけ書かれてあった。人から、ロンドンの写真集の噂を聞き、何カ月かかったかはわからないが、ある日ふと立ち寄った本屋で、僕のロンドンの写真集に出会い、嬉しくて思わず購入した、そんな彼女の心情がこの一言に中に見事に表現されていた。
僕は、この一言を数年後に出版したエッセイ集のタイトルに使った。

昨年、出版した「HOPE 空、青くなる」も実はヒントがあった。
「HOPE」までは決めていたが、昨年のある日、茨城の高校で講演を依頼され、全校生徒700名ほどが体育館に集まった。その彼らに、いつも希望を持つようにと語った。
「勉強の出来る方は是非、これからも努力を続けて下さい。一流のところには一流の人が集まるものです。そこに身を投じ、さらに一流になって下さい。そして、勉強が苦手な方は、たかが高校や大学で、すべての人生が決まるわけではありません。君たちには長い人生がある。いつか、自分が、「これだ!」というやりたいことを見つけたら、その時、他の人以上に頑張って下さい。遅すぎることはありません、、。」
後日、学校から生徒が書いた僕の講演についての感想文が分厚い封筒で送られてきた。
驚いたのは、高校1年生と3年生では、日本語の表現力が全く違うのだ。ほとんどの1年生は、感想文のタイトルは「ハービー・山口さんの講演について」だったのに対し、3年生は、自分独自のセンス、創意工夫を凝らしたタイトルが書かれていた。例えば、「人生と冒険」とか、「一流になる道」、「明日との対話」などなどである。
その中の一つのタイトルが「空 青くなる」だった。

さて、2010年の春から夏にかけては、忙しい時間に追われた。エッセイ集と写真集が8月、9月と立て続けに発売されるからだ。2冊のほぼ同時進行は、嬉しいことだが大変だ。タイトルは最後まで決まらなかった。

ある日、時々僕の撮影助手を務めてくれていたYさんが、撮影後近くのカフェでビールを飲みながら、彼女の携帯の画面を僕に見せながら、「ハービーさん 憧憬っていう素敵な言葉がありますね!憧れっていう意味ですね、、。」
その時(1970年、二十歳の憧憬)というタイトルが浮かんだ。
もう一冊のエッセイ集のタイトルは、なかなか決まらなかった。

「ONE SECOND LOVE」「レンズの彼方はいつも恋」「今日、僕は虹を見つけたんだ」いろいろな候補を提案したが、今ひとつ編集者のこころを掴まなかった。
今日がデッドラインという日の夜、出版社に出向き、編集者と社長の木下さんの前でそれとなく僕の口から出た、いくつかのアイデアの一つが、「僕の虹、君の星」だった。虹は僕の希望を表し、星は君の人生の夢を表している。

様々な経緯で決まるタイトル。いずれにしても人々のこころに末永く届いてくれるように願っている。


写真展[街角の天使たち]を9月12日まで開催中です。
9月4日には、エッセイ集のサイン会が会場でございますので、是非ご参加下さい。
9月17日には、写真集「1970年二十歳の憧観」が出版されますので是非ご高覧下さい。